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小型移動式クレーンと玉掛けの資格を取りました。

まさひとです。こんにちは。

 

だいぶ日が長くなってきました。相変わらず忙しくバタバタですが、体調はまずまずです。もう少しして温かくなってくると、色々と楽になってくるのかなと思います。

 

 

 

私ですが、最近何をしているのかといえば。2/7~9は小型移動式クレーンの講習会へと、2/17~19は玉掛けの講習会に参加して、どちらの試験にも合格して資格を取ってきました。 講習会は静岡市内にあるコマツ教習所で受けてきました。

 静岡センタ|コマツ教習所

 

最初に書いておきますが、コマツ教習所は母体である小松製作所の社風のままに、率直で控えめで機能的でした。今では自動車教習所などでも、受けに来る人たちの快適さや見た目のイメージアップを重視しているところが多くなっているそうですが。少なくともコマツ教習所は、良き製造業の延長上にありました。

 

 

  

さてさて。先ずは2017年の2/7、小型移動式クレーンの講習会の1日目です。朝の8時に集合し写真撮影して、住民票など書類チェックや受講料&領収書といった受付を済ませ、8時半から後は夕方までひたすら講義が続きます。

 

この日は、クレーンの構造が中心でした。小型の移動式のクレーンとは、この写真の真ん中にあるような車で、いわゆるユニックですが。ブームの長さや角度とかアウトリガーの張り出し状況次第で、釣り上げても大丈夫な荷物の重さが非常に違います。だから、そもそもどういう構造になっているのか、どういう使い方が安全側で、逆にどういう使い方が危険な側なのかを正しく理解しておくことが必要です。

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ユニックはこの一台で、荷物を積んで運び、そして積んだり下ろしたりも出来るという、手軽さと便利さが魅力ですが。悪い使い方をすれば積荷の落下やトラックの転倒を招き、重大な事故につながります。そして確かにユニックは、釣り上げる前だったら荷重指示計を参照して、釣りあげながらだったら荷重計を参照するように、とはなっていますけれど。どちらも決して完全ではありませんし。結局のところ安全なのかどうかは、実際に使う人の使い方にあまりにも多くを依存している、あまりにも多くを依存しすぎている、という気が私はします。

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二階の窓からは、南アルプスが微かに見えました。最近は山登りから離れているなあ、また山登りに行きたいです。

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続いて2/8、講習会の2日目です。朝から学科が続きます。内容は、エンジンの構造や力学の合成と分解とか、関係する法律などです。

 

ある程度は知っている分野だと、講義を聞くだけでも何とかなりますが。元々縁の薄い分野だと、ちょっと何を言っているのか良く分からないものです。とりあえず合格さえすればいいのならともかく、興味がある分野なら、私はキーワードを幾つか覚えて、後で改めて調べて考えるようにしています。という訳で、ここに自分自身のためのキーワードを書いておきます。「モーメントとは何か?」「トルクとは何か?」

 

そして、労働安全衛生法など関係する法令を自分自身でもざっくりと調べるようにしなくちゃ。

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午後に行われた学科の試験に合格して、夕方から私たちは実技に入ります。ブームを伸ばしたり縮めたり、同じくブームを起こしたり伏せたりです。旋回が特にそうですが、大事なポイントは、荷物が揺れないようになるべくゆっくりと動かしはじめることと、そうはいってもどうしたって揺れる時は揺れてしまうから、荷物の揺れをより少なくするようなタイミングでそれぞれの操作をするように、でしょうか。

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2/9が講習会の3日目で、実技の試験が夕方15時半ぐらいから行われました。だから試験本番までの時間は、順番にひたすら練習です。静岡市内の竜爪山にも雪が降ったほど寒いなか、屋外でカッパとヘルメットという格好で、ずっと練習しました。

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強く冷え込んでいるなかで練習を繰り返し、結果、このとき一緒に受けた全員が合格できました。良かったです。そしてホッとしました。

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そして2/17、玉掛けの講習会の1日目です。先ずは学科の講義を受けます。

 

玉掛け」とは、クレーン等で荷物を吊り上げるために、荷にロープを掛けてそのロープをクレーン等のフックに掛けたり、外したりする作業を言います。一見すると簡単な作業のように思いがちです。しかし玉掛け方法の不備は、吊り荷の落下や、荷振れ等による挟まれなど重大な災害につながるものが多く、作業としては非常に危険を伴っています。こうした作業を安全に行うためには、基本的な知識を得ておき、どこにどういった危険性が潜んでいるのか認識したうえで作業することが重要です。

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だんだんと天気が荒れていきます。

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2/18、玉掛け講習会の2日目です。講習内容は、①クレーン等に関する知識、②クレーン等の玉掛けに必要な力学の知識、③クレーン等の玉掛けの方法、④関係法令、となっています。

 

講習ではワイヤーロープについて、非常に時間をかけて種類や使い方などを説明していて、試験もワイヤーロープに関するものが多く出ます。しかし制度が定められた当時だったらともかく、現代で玉掛け作業はスリングも多く使われています。というよりもスリングがふつう。だから現代の玉掛けの講習に、スリングについてほとんどろくに取り上げないのは、制度が制定されたままになっていて時代に合わせてアップデートされていないのではないか、という気がします。

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学科の試験には、私を含めた8人全員が合格でした。午後からは実技に移ります。

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屋外で行う実技の練習や試験は、天気が良いと助かります。

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2/19、玉掛け講習会の3日目です。朝から実技の練習が続き、10時半くらいから実技の試験が行われます。

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実技の試験にも、私を含めてこの時に受講した8人全員が合格しました。合格出来て良かったし、ホッとしました。技能講習修了証が配られて、幾つかの注意がありました。「お疲れ様でした。ありがとうございました。」と言って、12時半に解散しています。

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以下は、感想です。

 

 

 

こういった資格の世界に私は今までずっと縁が無かったけれど。初めて受講してみたところ、ふたつの資格とも講義内容はきちんとしていて、一緒に受講した人たちとも仲良くなり、終わってみると非常に充実していました。

 

もちろん3日間で20時間の講義は、決して楽ではありませんが。参加して良かったと思います。

 

 

 

そんなこんなで、もしも資格を取ろうかと迷っているひとがいたら、少なくともこういう工業や技術の分野で基本的な資格はどれも取っておいて全く損にはなりませんから、状況が許すのならぜひ取っておく方が良いですよと伝えたいですし。私自身も仕事に関係する分野の基本的な資格は、会社にこれこれを近いうちに取っておきたいと伝えました。

 

更には、仕事とは直接に関係が無くても、自分自身の興味がある分野の基本的な資格は、今後どこかで時間とお金をやりくりして個人として取りに行こうと思います。そうだなあ、一番目は簿記でしょうか。

市川大祐選手の引退。

まさひとです。こんにちは。相変わらず私はずっと仕事も生活も忙しくバタバタしていて、山登りから離れています。仕方ないとはいえ、ちょっと悲しいです。本来このブログは山登りが中心なのですが、しばらくは山登り以外のネタが続きそうです。

 

 

 

さてさて、まず。2016年の10月にヴァンラーレ八戸より、市川大祐(いちかわだいすけ)選手が2016年度をもって現役を引退する、と発表されました。

 

正直に言うと、世間一般では市川大祐選手が果たしてどれほど有名なのか、あるいは残念ながらほとんど知られていないものなのか、私にはよく分からないのですが。清水エスパルスの右サイドで長くレギュラーを務めた、背番号25番の選手です。日本代表にも選ばれて、合計で10試合に出場しています。

 

清水エスパルスには、沢登正朗から伊東輝悦に斎藤俊秀などなど、それぞれの時代を象徴してきた選手たちが数多くいますけれど。市川大祐選手もそういう伝説的な選手のひとりであり、個人的な話をすると、私のスターでした。

 

 

 

また、引退して2017年2/1以降には、清水エスパルスで普及部スタッフへ就任することも清水エスパルスより発表されました。いちおうウィキのリンクも貼っておきます。

市川大祐 - Wikipedia 

 

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 (この写真は、以下の清水エスパルス公式サイトよりお借りしました。)

 

www.s-pulse.co.jp

 

市川大祐選手からのメッセージも、リンクを貼っておきます。

m.s-pulsemobile.mopita.com

 

 

 

ひとつ、個人的な思い出を書きます。もう、はるかに昔の2000年の8/5ですが、日本平スタジアムにて行われたガンバ大阪との対戦を、私はスタジアムで観戦&応援していました。この試合で市川大祐選手は、後半の71分から沢登正朗選手と交替して入ります。試合は1対1の同点のまま延長戦になります。

試合詳細 2000年J1s第8節 清水エスパルス 対 ガンバ大阪 | FootballGEIST

 

この時期の清水エスパルスは、弱くはないけれどチームの歯車がうまく噛み合っていなくて、何をどうしたいのかが伝わってこない印象でした。選手たちのイライラと、観客のがっかりした感情がスタジアムに満ちていた気がします。その不調の原因のひとつとしては、市川大祐選手がオーバーワークおよび過労のためにチームを離れていて、右サイドや中盤における幾つかの人や戦術とか約束事を変えざるをえなかった影響があります。

 

 

 

この試合ですが、延長戦の、記録では97分となっているから7分目でしょうか、左サイドから上げられたクロスを市川大祐選手がヘッディングゴールを決めて、2対1で勝ちました。スタジアム全体が、ゴールの直前に総立ちになって、ゴールが決まると爆発したかのようでした。

 

決勝点のゴールを決めた瞬間に、市川大祐選手は、エスパルス側の応援席の前へと飛び込んできまして。何か大声で叫びながらガッツポーズを繰り返し、選手たちスタッフたちに囲まれて大泣きしていました。私のすぐ、ほんの目の前で。何て派手な復活だろうと思ったものですし、清水エスパルス市川大祐選手もこのままズルズルと終わるわけじゃないって思いました。

 

 

 

 市川大祐選手については、多くの記事があります。オススメを幾つかリンクを貼っておきます。

 

r.gnavi.co.jp

 

 

r.gnavi.co.jp

 

 

news.livedoor.com

 

 

 

それから、ちょっと表現の難しいことを思い浮かぶままに書きます。

 

 

 

何かと言えば、つまり。市川大祐選手がサッカー選手として本当に幸せだったのか、正直なところ私にはよく分からないままでいるのです。もちろん市川大祐選手が、巨大な才能に恵まれていた事は間違いありません。巨大な才能に恵まれなければ、高校生でありながら清水エスパルスのプロ選手となるなんて考えられませんし。また、このたびの引退までで公式戦へ出場した時間が合計で39318分間にもなる、なんてことも巨大な才能に恵まれなければ決してありえません。

 

更に言うと。日本代表に選ばれて10試合に出場するなどという話は、どれだけ巨大な才能に恵まれたとしても、それだけではなくて。本人も非常に努力をして、なおかつ天の運にも人の運にも恵まれなければ、あるはずもないです。

Jリーグ選手情報・出場記録 市川 大祐 | FootballGEIST

 

 

 

そんな市川大祐選手でも、サッカー選手として果たして本当に幸せだったのかどうか、このたびの引退の話をうけて、いま私は良く分からない気がしています。

 

 

 

日本代表にも何回か選ばれて10試合に出場したけれど、市川大祐選手は日本代表のレギュラーという存在にはなれなくて。選手としての後半は、怪我と手術とリハビリが続き、短期間であちこちのチームに移籍していますから。おそらくはサッカー選手として不本意なパフォーマンスに留まっていたのだろう、と私は理解しています。

 

市川大祐選手は、後半の怪我や手術とかリハビリがこれだけ続かなければ、所属チームや日本代表でも活躍がもっと出来てもおかしくなかったですし。収入という意味だけでなく、人との出会いや練習の環境などでももっと幸せなサッカー人生を送る事だって出来たのかも知れない、と思います。

 

 

 

とはいえ。どれだけ練習して頑張っている中学生や高校生でも、プロのサッカー選手になることは、一般的にはほとんど、まず、ありえない進路ですから。そもそもプロになることが出来ただけでも非常に恵まれているだろう、とも思いますし。プロになったといっても決して少なくない数の選手は、出場も報道もないまま20代のどこかで契約を終了していますから。こうやって30代の半ばまで現役を続けることが出来たら、更には引退のセレモニーをやってもらえるなんて、もう充分に恵まれているのかなとも思います。

 

結局のところ、いつどこのチームへ所属するのが本当は良かったのか悪かったのか、更に言えば怪我とか手術そしてリハビリでも、いつどこで何をどうしていたらもっと幸せだったのかなんて、誰にも分からないことです。市川大祐選手だけに限らず、誰でもです。

 

 

 

市川大祐選手が、サッカーの選手として引退を迎えた時に、果たして幸せだったのかどうかは誰にも分からない話なのだろう、と私は思います。でも、少なくとも私は市川大祐というサッカー選手に出会えて、とても幸せでした。たくさんの感動と、ワクワクドキドキがありました。

 

 

 

市川大祐選手は、巨大な才能にも恵まれていたけれど、それはそれとして努力だって半端無く続けてきたわけで。だったら私も、せめて市川大祐選手が続けて来た努力の半分でもやらなくちゃ話が始まらないだろうと、繰り返し思いました。また更に言えば市川大祐選手は、人との出会いを大切にしてきたからこそ、こうして多くのひとから敬愛される今の市川大祐選手へと成長してきた面だってあると思います。

 

誰だって、うまくいく時ばかりではありませんが。つらく、悲しくて心が冷えた時に、よく私は市川大祐選手の復活ゴールを思い出しては、自分の心を温めたものでした。

 

 

 

スターという言葉には、有名人とか、夜空の星とか、幾つかの意味がありますが。運命、という意味もあります。

 

だから、選ばれたスターはまるで夜空に光る星のように、引退してからも消えてしまうことは無い運命なのかなと思います。そして市川大祐という選手が放った輝きは、これからも私の中で消えたり色あせることは無いです。