5/18と5/25に、白内障手術を受けました。

まさひとです。こんにちは。

 

 

 

 

5/18㈪に右目の、5/25㈪に左目の白内障手術を受けました。白内障そのものは、まだ急いで手術する段階ではありませんでしたが。それでも手術をこのタイミングで受けようと決めたポイントを挙げるなら3点ありました。

 

①最近ずっと視力の低下が続いて、もうメガネによる視力の矯正では限界だったこと。メガネとして出来るギリギリ限界まで矯正しても、視力が足りない状態でした。白内障手術を受ければ結果として視力も幾らか矯正されます。

 

②元々いつかは白内障手術を受ける必要があったこと。

 

③これからの収入や家族の状況を考えると、時間も体力も余裕があるうちに済ませておくほうが、おそらく安全側だったこと。

 

 

 

 

白内障そのものと手術について説明は私の手に余るので、日本眼科学会のリンクを貼っておきます。

白内障手術|日本眼科学会による病気の解説

 

同サイトからイラストを引用します。



 

 

自分自身の呟きを載せておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実際に手術を受けた感想を4点挙げておきます。

 

 

 

 

①手術そのものは、あっという間に終わりました。手術の中心をなすところは、せいぜい5~10分間で終わった気がします。

 

手術するほうの目だけ局所麻酔するのが一般的だろうと思いますが。麻酔など手術の前後の処置のほうが、手術そのものよりもずっと時間も手間もかかっていました。

 

 

 

 

②手術そのものに心配は、ほとんどありませんでしたが。手術後の眼内炎のほうがよっぽど怖かったですね。だいたい2000回に1回ぐらい失敗があるようですが、失敗のほとんどは眼内炎だと理解しています。

 

眼内炎とは手術した傷口から雑菌が眼球内へ入ってしまい、眼球の中で炎症を起こすわけです。重症化すると失明します。手術後にたっぷり消毒されたけれど、何が起こるか分かりませんし。寝ているときなどに自分自身で手術した目を、うっかり触ってしまいそうでした。

 

 

 

 

③家族によるサポートが思っていたよりもずっと必要だし、実際に負担も大きいです。2~3週間も旦那が家にいて、ずっと世話しなくちゃいけない奥さんのなかには、絶対に無理って感じる人もいるだろうなと思います。

 

片目ずつ手術だったら、着替えとか食事それにトイレだって本人しだいで出来ますが。両目を同時に手術すれば、回復するまでの期間は短く出来るけれど。両目が使い物にならない間は身の周りの全てを家族にやってもらうか、あるいは入院するしかなくて。サポートする側の負担は、なかなか大きいですね。

 

 

 

 

④白内障とか緑内障などの眼科って、市町村や企業団体が行う一般的な健康診断に含まれていません。だから本人の側が注意して眼科を受診しないと、重症化するまで分かりません。そして50歳ぐらいから影響が強くなる疾患です。

 

白内障は手術して水晶体を交換することも出来るけれど。緑内障は、いったん進んでしまったら取り返しがつかなくて。現在の日本で失明する、いちばん多い理由は緑内障です。

 

日本人の平均寿命が65歳ぐらいの時代だったら、白内障も緑内障も重症化する前に寿命だったのでしょう。しかし現代ですから白内障も緑内障も、もっと発見や治療が世の中として支援される方が望ましいのではないか、と思います。本人や家族にとっても、世の中全体の負担という面でも、です。

 

 

 

5/3~4に、静岡へ帰省しました。

まさひとです。こんにちは。

 

5/3~4に私は静岡県へ帰省しました。天気が悪くて、何がどこまで出来るのか直前までヒヤヒヤしました。

 

 

 

 

まずは5/3です。朝早くに愛知県内を出発して、静岡県の島田市へ向かいます。島田市で身内に、ご挨拶と相談をしました。火葬と葬式こそ終わってますが、これから四十九日とか初盆が続きます。

 

次に静岡市清水区へ向かいます。清水区では、ひとりだけで生活している高齢の身内を見舞いました。ご挨拶して相談して、雨が降りだすギリギリ直前だったから植木鉢の移し替えとか草刈りなども出来ました。

 

 

 

 

そのまま清水区内で泊まります。今回も東横イン清水駅前で、写真は泊まった部屋から見えた景色です。

 

 

 

 

晩ご飯はホテルから歩いてすぐにある、大衆食堂「かづや」さんに行きました。はじめはビールと冷や奴で、次に冷酒と味噌汁をもらい、最後に写真のカツカレーを頂きました。外は大雨でした。

 

 

 

 

ここから5/4です。夜中に雨と風が酷かったけれど、明け方に雨はやんで風も収まりつつありました。朝食会場は6時半からスタートですが、あまりにも混雑していたから諦めてホテルを出発しています。

 

もともと5/4は静岡県内に住んでいる山登りの先輩たちと、どこか山へ行くつもりで計画していましたが。どうにも天気が酷そうだから山登りは中止して、その代わりに富士市にある広見公園を見て回ろう、と話がまとまっています。

 

 

 

 

公園の駐車場へ8時半過ぎぐらいに集合しています。写真の真ん中にある大きな階段を上がり、広見公園へ進みます。

 

 

 

 

公園へ入ってすぐに、バラがいっぱい咲いていました。

 

 

 

 

バラに並んで、プチャーチン提督を救出する日本の漁夫の記念碑がありました。この「友好の像」は解説によると、富士市の先人の勇気と献身的な行動に対して、また日露和親条約締結140周年を記念して、ロシアから寄贈されたもの、だそうです。

 

 

 

 

色や大きさごとにバラは分かれているみたいでした。他にも花が咲いていて、あちこちに彫刻が並んでいました。

 

 

 

 

バラのゾーンから歴史ゾーンへ移動して、これは稲垣家住宅です。蚕を育てるための、兜作りという屋根が高い独特なシルエットをしています。

 

 

 

 

写真正面の青い建物が、旧杉浦医院です。右側は樋代官植松家住宅です。通路が微妙に濡れていて、けっこう滑ります。

 

 

 

 

歴史民俗資料館に来てみました。山の暮らしや農村の暮らし、漁業と紙作りなどなど。

 

 

 

 

松永家住宅です。農家と説明がありましたが、どう見ても農家では無い気がしますが。

 

 

 


他にも蔵とか古墳とか見どころがいっぱいありますが。そろそろ11時になります。混雑する前に昼ご飯を食べに行きましょう。公園すぐ近くにある喫茶店というかファミリーレストランの「蘭豆」さんへ、そのまま歩いて向かいました。店内は猛烈に混んでいて、ちょっと写真を撮る状況ではありませんでした。

 

それぞれにハンバーグとかチキンカツサンドなどを頂いています。私たちはみんな山登りの繋がりですが、こうやって座って食事するのも良いものだと思いました。

蘭豆【公式ページ】静岡県富士市

 

 

 

 

食事のあと、改めて広見公園へ戻り、「富士山かぐや姫ミュージアム」を見て回ります。建物の裏側というか、実はこっちが正面なのかな、には富士山に奉納されていた鳥居の本物が移築されています。

 

 

 

 

富士山かぐや姫ミュージアムも見どころがいっぱいで、前回は写真を撮っただけで離れていますが、今回こうやって時間をかけて良かったと思いました。

 

 

 

 

広見公園を出発する間際になって、ようやく富士山も見えてきました。



 

 

あとは大先輩を富士川駅まで送って、私は富士川SAから東名高速へ乗って島田市に寄り道してから、愛知県内まで戻りました。